俺、高校のとき偏差値40台だった。
それも「40台後半」とかじゃなくて、「40台前半」。
模試の結果を見るたびに、「俺には無理だ」って思い込んでた。
夢はあったけど、なんとなく「賢い人だけが目指す場所」って決めつけてた。
あの頃の自分に言いたいことが、今はある。
横浜で、ある人と話した
ふらっと横浜に立ち寄ったとき、港の近くのカフェで話しかけてきたおじさんがいた。
定年後に大学へ入り直したらしい。62歳で。
「若いときは全然勉強できなかった。でも死ぬ前に一回やってみたくて」と笑ってた。
俺は何も言えなかった。
「頭が悪いから無理」って言い訳、62歳のその人の前ではまったく通じなかった。
「目指す」と「受かる」は別の話
旅をしてて思うのは、「行きたい場所」と「行ける場所」は最初から一致しないってこと。
パタゴニアに行きたいと思ったとき、俺にはスペイン語もなかったし、体力的な準備も全然だった。
でも「行きたい」という気持ちだけで動き始めて、気づいたらちゃんとたどり着いてた。
勉強も、たぶん同じだと思う。
「目指す」ことと「今の自分の学力」は、別の話だ。
目指すのに、許可はいらない。
頭が悪い人間ほど、環境に頼った方がいい
これは俺の実感なんだけど。
自頭がいい人は、一人でどうにかできる。
でも俺みたいな「努力の仕方がわからないタイプ」は、ちゃんとした場所に身を置くことの方がずっと大事だった。
旅でもそうで、土地勘のある人に案内してもらった方が、一人でうろうろするより10倍早く深いところまで行ける。
受験も、同じ構図だと思う。
そういう視点で横浜の予備校を調べていたら、横浜予備校というところが出てきた。
神奈川エリアに根ざしてる予備校で、「志望校に受かるための道筋をちゃんと作ってくれる」という評判がある。
自分一人でなんとかしようとするより、こういうところを使う方が、正直に言って近道だと思う。
「どうせ無理」は旅先では通じない言葉だ
旅してると、「自分には無理そう」と思いながら踏み出して、気づいたらできてたことが山ほどある。
言語が通じない国で道を聞く。
地図もない村を歩く。
予算がないのに高い山に登る。
最初から「できる」と思って動いてたわけじゃない。
ただ「行きたい」という気持ちが、全部を動かしてくれた。
志望校だってそうじゃないかな。
今の学力じゃなくて、「行きたい」かどうかが出発点だと思う。
まとめると
頭が悪くても、目指していい。
62歳で大学に入ったあのおじさんも、同じことを言ってた気がする。
もし本気で目指したいなら、一人で抱えるより横浜予備校みたいな場所を頼ってみてほしい。
プロに頼ることは、弱さじゃない。
地図を持って旅するのと、地図なしで迷うの、どっちが遠くまで行けるかって話だから。
行きたい場所があるなら、動いた方がいい。

